四・三事件をざっくり振り返り

日韓関係

こんにちは!こ〜たろうです。

今日は4月3日なので済州島四・三事件をざっくり振り返ってみたいと思います。

まだ韓国がアメリカの支配下にあった頃の悲惨な事件でした。

背景には南朝鮮での単独選挙を主張する右派の李承晩と、あくまでも南北全土での選挙を主張する左派(朝鮮労働党)との対立があった。

四・三事件以前の歴史

1945年9月2日:日本が連合国に降伏。朝鮮半島は北緯38度線でアメリカとソ連により分割占領。

1947年3月1日:南北統一国家の樹立を訴えるデモを行なっていた島民6人を警察が射殺。

3月10日:抗議のため全島ゼネスト決行。

四・三事件勃発

1948年4月3日:南朝鮮での単独選挙に反対する島民の蜂起が始まった。これに対し韓国本土から陸軍が派遣され戦闘が起こった。

済州島ではゲリラ戦が行われたため韓国軍による殺戮が始まる。韓国軍は村々の男性を殺害し女性は輪姦後に惨殺した。

この時済州島から約2万人が日本に逃げて来てそのまま移住した。

1948年8月13日:大韓民国成立。

1948年9月9日:金日成が朝鮮民主主義人民共和国の成立を宣言。

1950年6月25日:朝鮮戦争開始。戦中戦後も朝鮮労働党党員狩りが行われ1957年までには8万人の島民が殺害。

1957年:反乱は鎮圧されたが、事件前28万人いた済州島の島民は3万人にまで激減していた。

四・三事件後の韓国政府の対応

2003年10月:金大中大統領が事件に関し島民に謝罪。

2006年3月4日:金大中大統領が追悼式に出席。事件の真相解明を宣言。

2018年3月4日:文在寅大統領が追悼式に出席。

2019年3月4日:軍と警察が初めて謝罪を表明した。

参考:Wikipedia