【京都府京都市南区】観智院

北大門を出て櫛笥(くしげ)小路を進んだ右側に位置する。塔頭寺院であるが、別格本山となっている。学僧であった杲宝を1世として延文4年(1359年)に子院として創建された。杲宝は現在国宝となっている「東宝記」という東寺の創建から室町時代に至る寺史をまとめた。これは弟子の賢宝により補足完成された。観智院は東寺のみならず真言宗全体の勧学院と位置づけられ、多くの学僧を輩出している。経蔵である金剛蔵には膨大な文書・典籍・聖教類が所蔵されていたが、現在は東寺宝物館に移されている。通常非公開であるが、春秋などに特別公開される場合がある。
客殿(国宝)- 慶長10年(1605年)の建立。桃山時代の典型的な書院造りの建造物として国宝に指定されている。上の間には宮本武蔵筆といわれる「鷲の図」などの襖絵がある。客殿南の庭園は「五大の庭」と称される。
本堂 – 本尊の五大虚空蔵菩薩像は唐からの請来像で、長安の青龍寺の本尊であったとの伝承がある。Wikipedia