【広島県呉市】呉湾艦船めぐり

明治時代には第二海軍区鎮守府(呉鎮守府、通称「呉鎮」)が開庁された。戦前は呉海軍工廠において世界最大の戦艦でもある大和などが建造され、東洋一の軍港・日本一の工廠として知られていた。呉海軍工廠は造船技術の卓越は言うまでもなく、早くから出雲安来の和鋼に着目し、特殊鋼として応用するなどの先端的な軍需鉄鋼研究の拠点でもあった。このため、太平洋戦争末期には呉軍港空襲において米軍の空襲を受け、大きな損害を受けている。
鉄鋼関係の技術はJFEや日新製鋼などの大手鉄鋼メーカに引き継がれ、呉海軍工廠はIHIに引き継がれジャパン マリンユナイテッド呉工場として現役、また軍事拠点の流れとしては護衛艦隊、潜水艦隊や練習艦などが所属する海上自衛隊呉基地があり、その敷地内には海上自衛隊呉地方総監部が設置されている。呉で勤務している海上自衛隊員は総員6,600名に達する。旧海軍呉鎮庁舎は呉地方総監部第一庁舎として使用され、日曜日には一般公開されている。呉鎮により建設されたインフラが現役で利用されており、例えば本庄ダム・二級ダム・宮原浄水場は軍用水道施設として建設されたものを呉市が引き継いでいる。
また大和ミュージアムやてつのくじら館に代表されるように、2010年代現在これらの防衛・軍事関連施設は観光資源ともなっている。2016年には「鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴 ~日本近代化の躍動を体感できるまち~」として日本遺産に認定された。Wikipedia